スーパー旦那のブログ

中堅商社マンの自由な体験記

言葉と文化の壁を越えた瞬間

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この話は今まで周りに言いふらすこともなかったのだが、約15年が経ち、今になって良い経験になっていると感じることが多く、この機会に記事にしたいと思う。23歳の夏の思い出だ。田舎から早稲田大学へ現役合格したものの、見事に遊び惚けて留年が決定、将来やりたいこともなく、自由な時間が当時の自分を悩ませていた。ある日、キャンパスをふらふらしているときにインターンシップの広告を見つけた。「IAESTE」と書いてある。どうやら理系学生の為の交換留学制度のようだ。調べてみると結構有名らしい、しかも大企業からの寄付で成り立っている為、留学費用はタダ!生活費まで支給される。当時はバイトで何とか生活していて旅行に行くお金など到底なかった。お金と時間の心配をしなくていいならやるしかないと思った。

 

https://iaeste.org/

 

一年近く準備して、東大でリスニングとか面接試験をやって、何とか合格することができた、行先はベルギーのGhent大学。応用化学科でプラズマの研究をするらしい。GEなんかがあるドイツが人気らしいが特に深い思いはない、ベルギーは良くわからないが合格できただけラッキーだ。卒論そっちのけで教授には苦い顔されたが、特に研究にも深い思いはなかった。

 

丁度この一年前、ロサンゼルスの短期留学へ行った以外、海外経験はなかった。初めての欧州、わくわくが止まらなかった、ローマからバックパックで半月かけてベルギーへたどり着く。留学中は周辺国へ旅行三昧、ベルギーでは毎日ビール、フリッツ、ワッフルを楽しむ毎日、最高の夏休みだった。その反面、苦労もたくさんあった。そこで学んだ、苦労と感動は表裏一体だと。特に思入れ深いエピソードを時系列に3つ紹介する。

 

 

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  • アジア人ゼロの多様性

ブリュッセルでIAESTEのウェルカムパーティに行ったときに気がついた。アジア人がゼロだと、、寧ろ10カ国以上の欧州人に加え、ヒスパニックやアフリカ人もいる、島国日本で育った私には想像を超える環境すぎて訳が分からない。兎に角、共通語は英語のみネイティブではないが、皆やたら流暢。なぜ二十歳そこそこの学生が怖気づかず喋りまくっているのか、グローバル人材の欠片もなかった当時の正直な感想だ。こんなに気持ちの沈むパーティは初めてだった。更に追い打ちをかけるように一緒の研究室に通う同僚はスコットランドの女の子だった。興味があればスコットランド英語を聞いてもらいたいが、兎に角発音が訳わかめだ。アメリカ英語とイギリス英語の違いもわからない、TOEIC500点台の当時の私にはハードルが高すぎた。初め、大学の研究室の英語すら理解できない自分は絶望的な気持ちになり、毎日眠くなるまで「FRIENDS」というシチュエーションコメディーを見る生活が始まった。因みに、ベルギーの大学生は英語、オランダ語、ドイツ語、フランス語がネイティブレベルで話せるらしい。当時LINEみたいに気軽に日本と会話できるツールはない、孤独だった。

 

 

  • 辛いパーティ

2週間程経って、大学の近くに住んでいる留学生の家に招かれた。毎日10人~20人が広い部屋に集まってビールと音楽でパーティをしているらしい。勿論、皆国籍は違うし、やはりアジア人はいなかった。皆がぺらぺら会話をしたあとにお前はどう思う?と聞かれるが何の話をしているのかさえ分からない、本当に辛かった。暫くして1人のスペイン人が声をかけてきた。簡単な英語だったが訛りもあってやはり聞き取れない、気持ちが沈む。然し、彼は諦めない、5回言って理解できなくても理解できるまで話してくれる。彼以外、そんな根気はない。面白くなかったら次から呼ばれないやつだっている。そんな中、ここで逃げたら終わりだ、研究も大して楽しくないし、何も得られず帰国してしまうと、いくら辛くてもパーティには顔を出し続けた。言葉がわからなくても酒を飲み続け、踊り続け、身振り手振りで面白いことをし続けた。暫くして変化が訪れ始める、パーティ仲間が色々と興味を持ってくれるようになった。昼間はチャットをし、夜は日本について色々聞かれた。忍者とか侍はいるのかとか、中国人や韓国人の見分けはつくかとか、たわいもない話だ。少しずつ英語についていけるようになった、分からなくてもみんないくらでも繰り返してくれるようになった。

 

  • ハッピーエンド

仲間ができてから周辺国に色々と遊びに行ったし、平日は明け方まで体力が続く限り遊び続けた。たわいもないことがかけがえのない思い出になった。然し、別れは訪れる。私は皆より少し早く、アムステルダム国際空港から帰国することにしていた。最終週、いつものように仲間と飲んでいるとき、みんなでアムステルダムに行こう、と仲間が口を開いた。私は遠慮した。みんな連日遊び続けてお金もなくなっているし、ベルギーからアムステルダムは見送りには遠すぎる。然し、誰一人受け入れなかった。10人程の仲間が皆笑顔で当たり前だ、と言わんばかりの表情だった。平日の夜からとことこ電車に揺られ、いつものたわいもない話や仲間のものまねで笑いが絶えない。結局、皆朝まで一睡もせず、クラブで踊り、街を徘徊した。流石に明け方は体力の限界だったが、そのまま空港まで見送りに来てくれた。最後の別れの時、初めのパーティで話かけてくれたスペイン人が言った「お前はここに来たときは1人だった。でも今はこんなに仲間がいる。日本に帰ったらお前はチャンピオンだ」と。ここにきて、抑えていた感情が抑えきれなくなった。人生最大の号泣だった。逆境で逃げずに何とか自分を認めてもらいたいと食いついてきたこと、そして最後は言葉や文化の壁を越えて心が通じ合えたことが何事にも換えがたい感情を引き起こした。

 

以上、将来は自分の子供にも見てもらいたい記事として書いてみた。ベルギーへの滞在期間約1か月半のことだったが、精神と時の部屋に入り、TOEICは800点台になった。然し、英語の点数より研究より何より大切なことを学んだ。人生、一期一会の繰り返しであること、その時のその環境を精いっぱい生きないと二度と戻れない時間があること。後悔している暇はない、気持ちの赴くまま動けば決して後悔はない、と。自分が死ぬ直前にいい人生だった、と言えるようないい思い出をこれからもつくっていきたいと思う。

 

因みに、初めに何度も根気よく話してくれたスペイン人とは37歳になった今でも世界一心の通う友人で、私が購入した不動産の名前にもなっている。

 

 

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